ふおおああー。入口が神々しいイケメンの二人で完全に塞がってしまったああー。 私は今、揚場のサポートに立っているから、真正面から入口の様子がよく見えてしまうの! しかもこの角度、絶景すぎる! やああーん、旦那様(本物)カッコイイ! 神! 大好きいいー。 特にスーツ姿の一矢って、本当に反則レベルのカッコよさなのよおおー。鼻血が出そう……どころか、もう既に鼻が熱い。「頑張っているな」 一矢が穏やかな表情でカウンターの方へ歩み寄ってきた。やああーん、旦那様ぁ(本物)。家でも毎日顔を合わせているのに、実家で仕事中に会えるのも特別な感じがして、ときめいちゃう。「今日はね、ギンさんが初孫誕生で急遽お祝いに駆け付けて休みを取ったのよ。そのせいでバタバタしちゃってるけど、揚場のサポートを頑張っている私を褒めてほしいくらいだわ!」 一矢は柔らかく笑みを浮かべ、少し考える素振りを見せた後、「うむ、では伊織にクリームコロッケを揚げてもらおうか。いつも弁当で食べるコロッケも十分美味しいが、せっかくだから揚げたてを楽しませてもらうぞ。どうだ、腕前を披露してもらえるか?」「あ、う、うん。もちろんできる! やらせて! この間から特製ソースを仕込んでいるのも私なの。絶対に美味しいから期待してね!」「それは楽しみだな。中松はどうする?」「では私は、ビフカツをお願いします」 ひゃー、なかなか難易度の高いオーダーが来ちゃったわ。ビーフカツレツをレアで揚げるのは、クリームコロッケと同じくらい繊細な火加減が求められるのよ。 きっと、中松は私の調理の腕を試すために、あえてこのメニューを頼んだのね。だって、本来中松がお弁当で一番好きなのは、てりやきハンバーグなんだから。絶対てりやきハンバーグ定食だと思っていたのに。 一矢から聞いた情報だと、変化がないと言われても、中松は毎回てりやきハンバーグの時に一番喜ぶってことだから間違いない。 よーし、サービスしちゃお。中松の好きなハンバーグをミニサイズでおまけにつけてあげよう。絶対喜んでくれるわ。美緒に届けてもらおう。 二人はカウンターからよく見える一番テーブルに腰を下ろした。周囲のテーブルに座っている女性客が何度もちらちらと二人のことを見ているのがわかる。そりゃそうよねえ。スーツがびしっと決まったイケメンが定食屋に並んで座っているん
「わかった。休めないなら私がお前に会いに行く。グリーンバンブーへ食事に行く」「特別扱いはしないからね。忙しいし、ちゃんと行列に並んでくれる?」「構わん。我が妻(本物)の姿を見に行くのだから、苦にはならん。中松も付き添わせる」 どこまで中松を連れて歩くのよー! でも、中松も一緒にグリーンバンブーに来てくれたら、美緒が喜ぶかも!「うん。じゃあ、待っているね、旦那様(本物)」 やああーん。 やっぱり本物って堂々と言えるのが嬉しいー! 婚約している身だけれど、できれば早く正式に結婚したいー。 来週には式を挙げて入籍もするの。いよいよ『緑竹伊織』から、『三成伊織』になるのよ。 前日からホテルも予約してあるし、エステも予約して貰っている。最高のコンディションで、一矢の本当のお嫁さんになれるなんて、夢みたいだ。「伊織。行ってらっしゃいのキスを忘れているぞ」「中松が見ているわよ」「気にするな。見せつけてやればいい」 強引に腕を取られ、しっかり唇を重ねた後、「それで行ってくる」と、一矢がキリッとしたかっこいい顔で微笑み、手を振った。 ああっ。私の旦那様(本物)は、世界一カッコイイ! 旦那様(本物)を見送り、グリーンバンブーへ出勤して働いた。実家に出勤するってなんか変な感じだけどね。最近は焼き場だけじゃなくて、揚げ場にも少し立たせてもらえるようになった。まだまだサポートという形だけれど、初めてとんかつ定食を作らせて貰った時は緊張したなぁ。常連様が「美味しいよ」って声を掛けてくれた日は、嬉しくて一矢に早速報告したの! 一生懸命話をする私に、うんうん、と嬉しそうに相槌を打ってくれた後、「ご褒美だ」と言ってまた溺愛されたりして……。 最近はコロッケを揚げるのに挑戦している。クリームコロッケは火加減を間違えると中のクリームがすぐ爆発したり、焦げたりするから厄介だ。だからとても難しい。 今日はギンさんがいないから、焼き場をしながら揚げ場――お父さんのサポートをする。琥太郎が洗い場兼焼き場で、お母さんと美緒がホール。「いらっしゃいませ」 美緒の威勢のいい元気な声じゃなくて、女らしく嬉しそうな声がホールの入り口の方から聞こえてきた。現在ディナータイムの七時二十分。ラストオーダー十分前だ。グリーンバンブーは午後八時閉店だから、ラストオーダーは七時半に取る。洋食屋
「だったら、接待受けなきゃ実家帰るって一矢に言った方がいいかな?」「別にそこまでしなくていい。俺がなんとかする。一矢様もようやくお前を手に入れたんだ。手放したくなくて、一緒にいたくてしょうがないんだろう。まあ、そこは可愛いじゃないか」 中松が微笑んだ。その表情には一矢を見守る温かさがにじんでいて、思わずこちらまで優しい気持ちになってしまった。この人がいてくれるなら、一矢のことは安心だわ。「あの……それより、美緒とはどうなってるの? 最近美緒に聞いてもはぐらかされてばっかりで、全然教えてくれないのよ」「おい、守秘義務って言葉、知らないのか? 俺がお前に応える義務はないだろう」「一応、これでも姉なのよ? 妹が心配じゃない」「姉だからこそ、直接本人に聞いてやれよ。こっちに探りを入れても何も出ないぞ」 中松がにやっと悪戯っぽく笑いながら顔を覗き込んできたので、思わずパニックになってしまった。「はやああー!」 思わず変な声をあげてしまった私を見て、一矢がむすっとした表情で現れた。「一体何を騒いでいるのだ。ところで中松、食事の用意はどうなっている?」「もうとっくに出来上がっておりますが」「……フン」 なにそれ、『フン』って。まるで子供が拗ねているみたいで可愛すぎるんだけど!「伊織、なにを笑っているのだ。ほら、行くぞ」「はぁい、旦那様♡(本物)」 私は一矢の腕を取って楽しげに腕を絡ませた。一矢は一瞬驚いたような顔をしたけれど、すぐに嬉しそうにはにかみながら、私の腕をしっかりと掴んでくれた。 それからゆっくりと二人で朝食を済ませ、身支度を整えると、あっという間にお見送りの時間になってしまう。「行ってらっしゃい、旦那様(本物)!」 今までは『ニセ』って付けていたけれど、正式に婚約して、本物の夫婦としての関係を持ったから、堂々と『本物』と呼べることがとても嬉しい! ちょっと照れるけど、それ以上に幸せな気持ちでいっぱいだ。「ああ、仕事が終わったらすぐに帰るから。いい子にして待っているんだぞ」「今日はグリーンバンブー、遅番まであるの」「休めばいいだろう」 一矢が途端に不機嫌な表情で言った。その子供じみた口調に、思わず笑いがこみ上げてしまう。「今日は無理よ。ギンさんがお休みだから人手が足りないの」「なら、伊織の代わりに中松を行かせればいいだ
「お前も美緒とヨロシクしたいだろう。今日から暇をやるから、美緒に会いに行けばどうだ?」「おや。一矢様、本当によろしいのですか?」「ああ、構わん。中松の代わりは他の誰かにさせる。お前も羽を伸ばして来い」「引継ぎも無しで、本当にお困りになりませんね?」「ちょっと待ったぁ――!」 大急ぎで着替えた私は、下着姿のままの一矢と朝からビシっとスーツで決めている中松の間に割って入った。「一矢がわけの分からないことを言ってごめんなさい。中松がいないと困るの。暇は取らないでね?」 ごめん、美緒。中松が休みを取ったら、この屋敷は絶対に回らなくなる。 というか、一矢を律する人がいなくなったら、三成家が潰れちゃう!「伊織様がそうおっしゃるなら」中松が静かに笑った。相変わらず目は全く笑っていない。「一矢ったら、最近よくサボろうとするの。全力で見張っておいてね、中松」「仰せのままに」 中松が私に恭しく一礼してくれた。「こら、中松の主人は私だぞ」一矢が文句をつける。「嫁だって同じことよ。中松は私にも主従関係を結んでくれたわよね?」「おっしゃる通りでございます。ただ、お暇を頂けるというお話、こちらとしては大変光栄ですが」「だめよ、だめだめ! 三成家が本当に潰れちゃうから!」「そうですね。私もそう思いますよ」中松がまた相変わらずの笑顔で言った。「伊織様と婚約をされてからの一矢様は、それはもう仕事に身が入らず、困った主人に成り下がっておられますので、この辺りでお灸を据えようかと思っておりました」 わあー。中松のお灸、キツそう! それはちょっと見てみたいけど、今日は私が。「一矢」 中松の言葉を聞いて、私はニッコリ笑って言い放った。「今度仕事を疎かにするような発言をしたら、今後一切、私に指一本触れさせないからね! グリーンバンブー(実家)に帰らせていただきますわよっ!!」 ピシャーンと、雷を一発落としてやった。「さっさと着替えてらっしゃい!」 下着姿のままの一矢を寝室に押し込み、乱暴に扉を閉めた。 その様子を見ていた中松が、くくく、と小さく笑いを漏らした。あ、これ、素だ。「中松」「なんだよ」 わっ。羊なし松だ。素だ、完全に素の中松だ。「仕事中の一矢って、そんなに酷いの?」気になってちょっと聞いてみた。「いいや、ちょっと腑抜け具合はあるけど、ま
幸せではあるけれど、唯一困っていることがある。それは旦那様(本物)である一矢が、とにかく朝起きるのを嫌がることだ。最近、その理由が私と離れたくないからだと気が付いた。情報源は中松だけどね。 そういえば、中松と美緒の恋の行方は、未だに私にもよく分からない。中松に問い詰めても彼は絶対に何も教えてくれず、いつもしれっとした顔で誤魔化されてしまう。あのパーティーの夜だけは、素の中松に触れることができたけれど、あの日以来、彼は再び厚い羊の皮をかぶってしまった。 鬼になる頻度は確かに減ったけれど、一矢が仕事をさぼろうとするたびに、中松の羊の皮がはがれて鬼の角が見えてくる。つい先日も、一矢が会社をこっそり抜け出して私に会うためグリーンバンブーまで来た時には、中松がすぐさま追いかけてきて、問答無用で連れ戻してしまったほどだ。彼は本当に完璧な執事であり、優秀な羊――いや、その中身は間違いなく鬼――だと思う。「伊織」 旦那様の柔らかな腕がふわっと私を包み込んだ。「抱いてもいいか?」「あのさ、時計見てる?」 今は朝の六時四十五分。一矢は八時半には出勤しなくちゃならない。そろそろ身支度を整えて、朝食を済ませなければ遅刻する。「心配しなくていい。すぐ済ませるから」「そういう問題じゃなくて!」 慌てて抗議するが、それよりも早く胸元に唇が押し当てられた。「ちょっ、だめっ……あっ、一矢っ……!」 甘い刺激に声が漏れ、瞬時に抵抗する気力が失われてしまう。彼がこうなると、もうなにを言っても無駄だ。 昨夜も旦那様(本物)にしっかり溺愛されたため、二人とも一糸まとわぬ姿である。状況としてはたしかに事を致すには好都合ではあるのだけれど、柔らかな朝の日差しが差し込む爽やかな寝室で、平日のこんな朝早くから、ちょっと待ってよおおぉ――っ!「あっ、いち――」 つい派手に旦那様の名前を叫びかけたその瞬間だった。少し乱暴とも思える強めのノックが寝室の扉をコンコン、と叩いた。『一矢様、そろそろご準備頂かないと、ご出勤が遅れてしまいます』 この声は中松だ! いやああぁぁあぁ――っ! 今の声、絶対に聞かれちゃったぁぁぁ――っ!! 恥ずかしすぎる、穴があったら入りたいよぉ――っ!! チッ、と明らかに不満そうな舌打ちをすると、一矢は仕方なく私から離れてベッドから降り、床に脱ぎ捨てられ
あれからしばらく経った。 グリーンバンブー(実家)を出て旦那様(本物)と広いお屋敷に住み始めてからというもの、毎夜毎夜毎夜毎夜、甘く深く愛されて正直困っている。 贅沢な悩みなのは重々承知だけれど、こんな生活が続いたら、私の身体が持ちそうにない。毎日ヨロヨロと歩く羽目になっている。 式が無事に終わり、新婚旅行も済ませたら、実家のみんながお屋敷に泊まりに来る計画だ。結婚式はもう目前。期待と緊張で、気持ちは高揚している。 そして今は、そんな結婚式を控えた平日の朝だ。キングサイズのベッドの上、私は旦那様(本物)の腕の中にぎゅうぎゅうに抱きしめられている。毎朝毎朝、こうして離してもらえずに困っている。これもすっかり日課となってしまった。「一矢、そろそろ起きなきゃ」「私を置いて行くのか」「違うってば。仕事に行く時間だから、起きないといけないでしょ? 置いて行くなんて言ってない。そもそも、私のほうが出勤時間遅いんだから、見送るのは私のほうなのに」「そういう問題ではない。今、寝室を出る話をしているのだ」 はぁ……めんどくさい。この人、完全に拗らせ眼鏡男子だ。「ところで伊織、もう仕事は辞めてしまえばどうだ? 私は今まで十分稼いだ。遊んで暮らしても問題ない。後の仕事は全部中松に任せてしまえばいい」 毎朝毎朝これだ。仕事に行きたくないと言い張って、ベッドから起きようとしない。「そんなこと言える立場じゃないでしょ? スピーチで『全責任を負う』って大勢の人たちに宣言したじゃない。有言実行しなきゃ示しがつかないわよ!」「そういえば、スピーチで思い出したが、父が本家に戻れとうるさい。正直、面倒でたまらない。ああ、例の二人は無事に追い出したから、本家が安全だと分かればお前が行きたいというなら考えなくもないが」「絶対嫌。本家なんて広すぎて迷子になる。ここでも十分すぎるくらい広いのに」「だろう? だから私も行く気はない。面倒なことは全部中松に断らせている」「嫌なことばっかり、中松に押しつけてるんだね」「それがあの男の役割だ」 一矢が不敵に笑った。「中松は私のことが大好きだからな」「ひどい雇い主」 私は呆れた顔を見せると、一矢は軽く笑った。「ところで、美緒と中松はその後どうなったんだ?」「それがね、聞いても美緒は何も教えてくれないの。『中松さんに休みをあげ